億万長者物語

30歳100万円から運用を始め、38歳現在、資産額5,700万円。経済的自由を目指して、まだまだ頑張ります!


「反省させると犯罪者になります」を読んだ

 

長男が幼稚園でこっぴどく怒られました。汗で濡れた服を着替えず、止める先生を突破しようと退けと言ったそうな。

 

 「ごめんなさい」と謝るまで居残りを命じられ、閉園まで帰宅を許されませんでした。

 

園には面倒をおかけしたことをお詫びし、長男から話を聞き出したところ、汗をかいていないから着替える必要がないと判断したそうです。退けと言ったことについてはよく覚えていませんでした。

 

そんなもんでしょうな。子どもには、彼らなりの理由があるのです。

 

表現方法にしても、聞きかじった言葉を他意なく使い、大人を苛立たせてしまう。

 

長男には、自分の考えをきちんと説明することと、大人への言葉遣いを注意しましたが、園が謝罪を強要したことには、ちょっと違和感が残ります。

 

意味のある反省について考えようと、本を読んで勉強しました。

  

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

 

  

本書によると、悪事の発覚直後には反省はできないそうです。指摘されたときは後悔が先立ち、反省しようにも表面的な謝罪しかできません。

 

無理な反省を繰り返すうちに表現自体を学習し、心から反省することとは遠ざかってしまいます。

 

必要なのは犯した罪と与えられた罰への納得です。そのためには、鬱積した不満、負の根源を把握するための内省が不可欠です。

 

精神的な痛みや弱さを受け入れることで周囲へ助けを求めて心を開いていきますが、そのステップを踏まないと、より殻に閉じこもってしまい、非行をこじらせていくのです。

 

本書は重度犯罪者を対象にした更生プログラムの見地から語られてはいますが、自分に落とし込んでも納得できる内容でした。

 

子どものころの反省文にしろ、業務での改善策提示にしろ、やればやるほど上手くなっていきます。

 

なぜ怒られているのかを理解することは困難です。なにしろ、怒っている先生や取引先を小バカにしちゃっていますからね。

 

生きていくためには、反省している姿を見せることが必要になるときがあります。

 

社会では形式上であれ謝罪は欠かせませんが、頭ごなしに怒っても真の解決にはなりません。

 

せめて僕が叱るときは、子どもたちが自分の考えを言い訳できるよう、心を開ける場所を提供したいと思います。