長男が突然泣き出した。
ソファーの隣にはしかめ面の妻。
僕は呆けたように口を開けて身動きが出来ない。
就寝前の安らいだ時間。
先ほど食べたビーフシチューが今も余韻を舌に残している。
妻は料理が上手い。
僕もレシピ本を片手に夕食を作ったりするが、到底敵わない。
調味料の分量確認はおろか、ろくに味見もせずにレストラン以上に仕上げてくるのだから、才能というのは恐ろしい。
今日のビーフシチューも冷凍庫に残っていた牛モツを思い付きで投入し、感覚でソースを引き延ばして完成させていたが、舌を巻く美味しさだった。
歯を磨き終えた子どもたちは、子ども部屋でレゴを組み立てている。
妻が気づいた。
あっ。
カーテンが切れている。
Vの形。
窓の外が見える。
カーテンを重ねて鋭利な刃物で切り裂いたのであろう。
真っすぐな切断面からはハサミを用いたことが分かる。
ははあん。
子どもたちの仕業だな。
僕と妻の前に座らされる子どもたち。
中央に二女、両端を長男と長女が挟む。
そこのカーテンが切れているね。誰がやったのか言ってごらん。
首を振る3人。
むむう。
知りたいから聞くんだ。怒っているんじゃないよ。
否定を続ける。
むむう。
言い出すなら今だよ。後から発覚したら怒らなきゃいけない。
長女が言い出しました。
私が切っちゃったかもしれない。
切っちゃかもしれない程度の切れ方じゃないよね。
切ったなら本人は分かるし、忘れたりはしないと思うよ。
長男も言い出しました。
僕が切っちゃったかもしれない。
いいかい。かもしれないなぁって程度じゃない。
やった人は分かっていると思うから、しっかりと言ってくれる?
また首を振り始める子どもたち。
誰がやったんだろう。
さっぱり見当がつきません。
先日も玄関のドアが破壊されていて、犯人が特定できずにウヤムヤに終わらせてしまいました。
虚言癖を正すのは今です。
嘘が通ると勘違いされちゃ困る。
どうやって攻めようかと悩んでいると、むすっとしていた妻が口を開きました。
今言わないと悲しい気持ちで過ごすことになるよ。カーテンを見るたびに嫌な思いをするんだよ。
沈黙。
大人は子どもが嘘をついていても分かるんだよ。
語気が荒くなってきた。
僕は分かっていませんが、横やりを入れる雰囲気ではありません。
それでいいの?
・・・。
長男!
突然の指名。
こらこら妻。
確かにやらかしそうなのは長男だけど、あてずっぽうに決め打ちしちゃいかんよ。
親に信用されなかった子どもは、心に深い傷を負ってしまいます。
泣き出す長男。
ごめんなさい。うええぇぇぇん。
えっ、長男がやったのか?
大人は子どもの嘘が分かるらしいから、僕も気づいていたような顔を浮かべるのに必死です。
むせび泣く長男。
発覚を恐れて不安な時間を過ごしていたのでしょう。
緊張からの解放。
言えてよかったね、長男。
不安を抱えたまま眠りについてはいけない。
おやすみ、子どもたち。
2人きりになり、長男だと分かった経緯をひっそり声で尋ねます。
バレバレだったとのこと。
長女のあとから変に犯行を示唆してきたし、目が合わなかったそうです。
お茶の飲み方も異常だったらしい。
確かに頻繁に飲んでいたけど、よほど喉が渇いているのだと思っていた。
夕方に運動をしたし、お風呂も長かったし。
ん?
寝静まったはずの子ども部屋から足音が聞こえてきました。
開かれるドア。
たたずむ二女。
おもむろに泣き始めました。
うええぇぇぇん。
玄関壊してごめんなさい。
二女だったのか。
あどけない顔で否定されたから、違うと思っちゃったよ。
犯人が分からないから、経年劣化ってことにして自分を納得させていた。
二女、よく言えた。
えらかったね。
抱きしめさせてくれ。
おねえちゃんが言ってきたほうがいいよって教えてくれたのぉぉ。うええぇぇぇん。
すごいな長女!
お父さんに分からなかったけれど、長女は見破っていたのです。
子どもの嘘は見破ってあげないないと、本人が苦しみます。
大人には嘘が分かる。
子どもの嘘が見破れない僕は、どこからやり直せばいいのだろう。