ずっと点滴でした。
盲腸の治療は胃腸を整えることが重要で、身体の中に食べ物を入れることが出来ません。
1日4パックの点滴。
回復し始めると腸が動き始めるので、お腹が空きます。
点滴で栄養は摂取できているはずなのですが、脳が食べ物を欲するのです。
時間になると、同部屋の人たちには食事が運ばれます。
出汁のいい匂いが香ってきたりして、羨ましい。
静かな病室に遠慮がちな咀嚼音が聞こえてきたりして、悶絶しました。
膳を下げに来た看護師さんに、残しちゃいましたなんて話しているし。
殺意です。
ついに僕も点滴を卒業するときがやってきました。
医師が化膿箇所をぐいぐい押し、痛みがなかったため食事の開始が許可されたのです。
本当はなんだか違和感があったけれど、そんなことは口が裂けても言えません。
僕は経口摂取したいのです。
時間になり、運ばれている食事。
おおおーー!
これだよ!
ずっと待っていたよ!!
芳醇な香りが漏れ漂ってきています。
恭しく閉ざされた蓋。
開けてみましょう。
透き通っている!
美しい。
3種類の液体の競演です。
いただいてみましょう。
まずは重湯。
ご飯の香りをほのかに感じ、舌にはコメの甘みが残ります。
固形物は一切ないけれど、しっかり噛んで味わいました。
口の中で主張してくる僅かな重みが心地よかったです。
続いてスープ。
具が入っていなくて判然としないけれど、おそらくコンソメです。
うっすらと浮いた油膜がなんとも食欲をそそります。
口に含むと、ニンジンや玉ねぎのハーモニーが奏でられました。
飲み込むと野菜のうまみと塩味が遅れて通過してきます。
お茶で口直し。
サッパリと胃に流れ込みながらも、大地の息吹が鼻を抜けていきました。
流し込みたくなる欲望を我慢し、噛みしめながらゆっくり味わいました。
とめどない満足感。
ベットで身体を伸ばし、食後のヨーグルトを頂きます。
幸せの余韻がまだ残っている。
こんなにも感慨深い食事を頂いたのは、いつ以来だろうか。
美味しいというか神々しいです。
地球の恵みを頂きました。
巡ってきた生命が、僕のなかに取り込まれていく感覚。
食事中は、食べ物のことだけを考えました。
携帯電話は伏せて、本もサイドテーブルに片付けた。
味覚を僅かたりとも鈍らせたくなかったのです。
僕は絶食期間を経て、この境地に辿り着きました。
絶食体験をさせてくれる宗教施設がありますが、まさにあれです。
悟りの境地。
マインドフルネス。
病院では点滴をしてもらえるから、さらに安心なのです。
体調はいいし、肌も張ってきました。
精神力に満ち溢れ、なんだって出来そうな気がしている。
生命に感謝することのできる絶食体験。
究極のデトックスです。
入院は大変ですが、人生の意味を見失っている人には効果的。
生かされている奇跡に深く感謝することが出来るでしょう。