玄関が乱暴に開けられ叫んでいる。
号泣しながら呼ぶ声がかすかに聞こえる。
僕は読書を楽しみつつ、少し微睡んでいた。
カーテン越しにも強烈な日差し。
家族は公園に出かけた。
妻はウォーキングに汗を流し、長女はバスケットの練習。
長男は虫かごを持ち、二女はその手伝いをしている。
バッタを捕まえるのだ。
カマキリの餌が大量に必要になった。
長男が壁につかまったカマキリを捕まえるように頼んできた。
大人の手のひらほどあって僕も怖い。
背中から掴まえようと試みるが巨大なカマで威嚇してくる。
三角形に尖った顔、緑に染まった冷たい眼。
親とはなんと辛い役割を負うものなのだろう。
軍手をはめなんとか捕獲したのだ。
それまで飼っていたカマキリのカゴで飼い始めた。
よしておけとの忠告を聞かずに。
そして古参のカマキリは食べられてしまった。
いたたまれない光景ではあったが、昆虫で残虐性を学ぶのは情操教育に有効らしい。
そして、今では新入りの大型のカマキリだけが飼われている。
カマキリについては昨日も記事にした。是非目を通して欲しい。
僕を呼ぶ声は止まない。
玄関に向かうと長男が狂ったように叫んでいる。
支離滅裂の説明を聞かされ、訳の分からないまま駐車場へと手を取られた。
妻と長女は車の外で笑いを堪えきれず。
二女はいない。
車のなかで長男に負けず劣らずの大泣きをしているのだ。
窓は締め切られていて、かすかに叫び声が漏れ聞こえてくる。
尋常じゃない。
帰宅直前まで長男は虫かごを眺めていた。
3匹のバッタを平らげて満足げなカマキリ。
自宅へと戻る車は駐車場へと入り、虫かごが揺れる。
二女が引き寄せようとして悲劇は起こったらしい。
地獄のフタがあいてしまったのだ。
絶叫する長男と二女。
運転席の妻と助手席の長女には何がなんだか分からない。
車が停車するなりドアを開けて長男は逃げ出した。
続いて降車しようとする二女を押し留め言い放ったそうだ。
「見張っとけ」と。
妻では太刀打ちできないと判断し僕を呼びに走ったらしい。
泣き過ぎていて状況は分からなかったが、車内を見て理解できた。
車内に転がる虫かご、身体を強張らせて泣く二女。
目線の先には運転席。
背もたれシートに張り付いたカマキリが見つめている。
車内から二女を連れ出す。
よかった、精神は崩壊していない。
安心するように伝えて僕は家へと戻った。
素手では無理だ。
軍手をはめて捕獲完了。
虫かごへと戻し平穏を得る。
数日後にカマキリは息絶えた。
怖気づいた長男がバッタの補給を滞らせたからかも知れないし、天寿だったのかもしれない。
泣かれ過ぎて生命バランスを毀損させた可能性もある。
横たわって動かなくなったカマキリを、それでも怯える長男。
意を決して虫かごを持ち出し公園に墓を作っていた。
大きめの石を選んだのは哀悼の大きさか、復活を恐れてか。
いたいけな墓標から伸びる影は長い。
夏の終わりが思われる。